比較検討 JISとISO
2008年発効したJIS A 1481「建材製品中のアスベスト含有率測定方法」は、欧米の主流となっている分析方法であるEPA/600/R-93/116、HSG248、また現在ドラフト段階のISO【定性(Part1)と定量(Part2)が正式なものではないが一部に配布されている】と大きな隔たりが生じており、問題視されている。これは単に分析方法の違いではなく、「石綿とは何か」という定義にも関わる両者の本質的な考え方の違いを反映している。
1.定義 アスベストとは何か
以下に建材分析上のJISとISOドラフトのアスベストの定義を示す。
JIS A 1481
アスベスト:岩石を形成する鉱物のうち,蛇紋石の群に属する繊維状のけい酸塩鉱物(クリソタイル)及び角せん(閃)石の群に属する繊維状のけい酸塩鉱物(アモサイト,クロシドライト,トレモライト,アクチノライト及びアンソフィライト)をいう。石綿(いしわた,せきめん)ともいう。繊維状粒子:アスペクト比(長さ/幅)3 以上の粒子。
ISOドラフト(Part1)
アスベスト:蛇紋石群と角閃石群に属するケイ酸塩鉱物群で、粉砕などの加工時に長く、細く、可撓性があり抗張力の高い繊維に容易に分離するasbestiformの特性を持つ結晶。
Asbestiform:強い張力と柔軟性を持つ繊維束または単繊維の特別なタイプの鉱物繊維(以上p.3)
偏光顕微鏡下で同定できるAsbestiformの特徴
(a)長さ5μm以上の繊維でアスペクト比20:1から100:1以上
(b)通常0.5μm以下の細い繊維へ縦方向に分裂する性質
また以下の特徴のいづれかが観察されたものをAsbestiformという。
-平行に並ぶ繊維が集まった繊維束
-端がほころびた繊維束
-細い針状の繊維
-個々の繊維がからみあった塊
-曲率をもった繊維
JISではアスペクト比3以上の蛇紋石と角閃石という大雑把な定義だが、ISOは細かく規定されていることが分かる。ISOはアスペクト比20~100というより厳格な定義を与えており、さらに”Asbestiform"という、繊維状”Fibious"とも異なる独特の表現を示している。1980年のNIOSHの定義は今のJISの定義とほぼ同じだったわけで、その後何らかの変化があったと考えられる。医学系文献検索”Pubmed” http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/ で”Asbestiform"を検索すると85件のヒットがあり、1970年代後半から現れ始め、1990年前後に発表のピークがあり、また今年になって多くの発表がある。詳細な検討は後に譲るが、最近20年間ほどの間に「アスベストとは何か?」という議論が盛ん行われたと推察される。それは欧米で1980年代からアスベスト被害が表面化したことにより、多くの優秀な研究者が重点課題として研究を進めてきたこととも関連があると思われる。日本ではアスベストの使用開始が欧米と比較して遅く、被害が表面化するのも2000年代からであった。アスベストの分析と測定は労働衛生の狭い部分に押しやられ、研究者の層も薄い。特に鉱物系の研究者は数少ない。そのようなギャップがJISとISOのアスベストの定義の違い、ひいては研究者の意識の違い、分析方法の違いにつながっているように思える。いずれにしても”Asbestiform”という形態観察の考え方がJISには欠けており、そのことが分析方法に反映している。
2.分析方法の違い(1)前処理

JISとISOの分析方法の違いを上の表に示す。まず前処理ではJISがビニルタイルなど有機物がある建材の場合に灰化処理を行い、全てを一律的に450-500μmのフルイ下に落とす。ISOは灰化、酸処理、沈降など石綿以外の成分を除去するいくつかの方法を示し必要に応じてそれを行い、粉砕については必須ではなく、むしろ過剰な粉砕を避けるようにと書かれている。JISでは粉砕試料をエックス線回折分析法にかけ、その後位相差分散顕微鏡で観察計数する定性分析を行う。ISOでは過剰な粉砕はせずに、実体顕微鏡で観察し、石綿様の繊維があればそれをピックアップするようになっている。前処理の部分のこの手続きの違いは重大である。ISOはAsbestiformを確認するために石綿を濃縮しさらに実体顕微鏡を使用する。あくまでも形態観察重視である。これに対してJISは形態を観ずに、むしろ粉砕により繊維を破壊してエックス線回折分析にかける。エックス線回折分析で得られる情報はせいぜい蛇紋石系鉱物と角閃石系鉱物の有無である。繊維状の構造など全く関係ない。根本的な思想の違いが現れている。
JIS法

JISで使用する粉砕用器具を写真に示す。右から遠心カッター、乳鉢、フルイ。強力カッターでせっかくの観やすい大きさの繊維を切り刻み、乳鉢ですりつぶし、フルイで微粉末にする。繊維は粉砕される。
3.分析方法の違い(2) エックス線回折分析法
これはJISのみが採用している。エックス線回折分析法を石綿分析に使用する問題点は2点あると思われる。感度が悪いため、またマトリクス(石綿以外の成分)によるエックス線の吸収により数%程度含有の石綿を石綿として定性できるものではない点、そして繊維状の構造を確認できない点である。そのためISOでは定性、定量ともに現状では採用されていない。2008年7月に開催されたASTM(米国材料試験協会)のアスベストモニタリングに関する国際会議The 2008 Johnson Conference ではエックス線回折でアスベストを分析できるという趣旨の発表は皆無で、エックス線回折関連の発表ではアスベストと判定するためには繊維状であることを確認する必要があることが指摘されている。
エックス線回折チャートへ
JIS法ではエックス線回折分析法を分散染色法と合わせて定性に利用している。定性分析において石綿含有の見当をつけるスクリーニング的に使用することは良いが、石綿を定性することはできないことを前提とすべき。「蛇紋石系の鉱物のピーク」とか「角閃石のピーク」の有無を確認しているにすぎない。上のチャートはクリソタイルを1%程度含有している吹付けロックウールのエックス線回折チャートだが、赤のグラフが示す粉砕試料ではクリソタイルの第1強線2θ=12.2°付近のピークはほとんどピークとはいえず、第2強線以下は全く確認できない。このチャートからはせいぜい「蛇紋石系鉱物が入っているかもしれない」程度の情報しかえられない。青のグラフは通達188号にならってギ酸による濃縮処理を行った試料である。ギ酸で溶解するマトリクスには、酸処理した試料ならばエックス線回折でスクリーニングする意味はある。
4.分析方法の違い(3) 顕微鏡法比較
クリソタイル含有率約1%の吹付けロックウールを例に比較検討する。
まず、顕微鏡用の試料であるスライドグラスを作製する。ISOドラフトから見ると・・・
ISOドラフト

ISOドラフトでは実態顕微鏡の使用が必須である。東京労働安全衛生センターで使用しているのは一番安い3万円程度の実態顕微鏡20倍と40倍切り替え式。接眼を取り外してアダプタを使用すればデジタルカメラで撮影できる。英国HSEでは実体顕微鏡は重要なので高級機種を買え、としている。確かにこの過程は重要である。

実態顕微鏡で観た吹付けロックウール。クリソタイルクロシドライト1~5%含有。中央やや右に直線的な形状のロックウールとは異なるクリソタイル様のカールした繊維が観られるので、それをピックアップする。ISOドラフトの中心的分析手法である偏光顕微鏡では試料をかなり多くしてサンプルを作製できるので適量をスライドグラスに載せ、クリソタイル含有の可能性が高いので屈折率1.550の分散染色用浸液を滴下してピンセットでよく混ぜ合わせた後、カバークラスをかぶせる。

偏光顕微鏡(100倍、直交ニコル+鋭敏色板)で観察するとすぐにクリソタイルらしい繊維がみつかる。伸長の正負は正であることを確認し、鋭敏色板をはずす。

直交ニコルでの観察で消光角は直消光であることを確認する。400倍にかえる。

上の繊維の400倍(直交ニコル+鋭敏色板)の写真、構造がよく見え、繊維の束であることが確認できる。分散対物レンズ100倍に切り替える。

屈折率1.550の浸液中で赤紫を示す。この繊維の屈折率は1.550付近であることが分かる。こうしてこの繊維はクリソタイルであると同定される。実態顕微鏡観察からここまで、一貫して「繊維を観る」ことを基本としている。分析者がこれがアスベストだ、と確信が持てる優れた分析方法である。
JIS A 1481

JIS法の試料作製では、粉砕した試料10-20mgを精製無じん水(以下「水」という)20-40mL中に分散させ、そこから10-20μLを分取して、スライドグラス上で乾燥させる。試料の量は最大で0.02mgという微量である。スライドグラスに目をこらさないと試料が見えない。偏光顕微鏡での試料量はおよそ0.6mgなので、その約30分の1である。なぜこうなるのか?というと、位相差分散顕微鏡は透過する試料は輝いて見えるので、試料が多すぎると光が妨害して肝心のアスベストが見えなくなってしまうためである。つまりISOドラフトの偏光顕微鏡法ではJISの約30倍の試料を一度に観られることになる。これもISOの利点のひとつ。

JIS法に従って作製したサンプルを位相差分散顕微鏡で観察する。ISOドラフトの偏光顕微鏡と比較して圧倒的に情報量が少ない。1つのサンプルを1000粒子計数するにはおよそ100視野を見なければならない。この試料では1000粒子中1本のクリソタイルと思われる繊維が見つかった。写真の繊維だが、無残に引きちぎられて繊維というよりも残骸に近い。

位相差分散顕微鏡のみを使用して繊維を探すことが不利であることを示す写真。これは偏光顕微鏡用に作製した試料だが、同じ視野を観たときにどちらが石綿を見つけやすいだろうか?左:偏光顕微鏡の直行ニコル+鋭敏色板の画像では中央上の曲がったクリソタイル繊維がいやでも目につく、右:位相差分散顕微鏡(偏光顕微鏡の位相差対物レンズ使用時も同じこと)ではロックウールの繊維やクリソタイルに付着している粒子が輝いてしまい、クリソタイル繊維が隠れてしまっている。

形態観察をするために倍率を400倍に上げてみる。左:位相差分散顕微鏡はクリソタイルに付着した粒子が妨害して繊維はほとんど見えない。右:偏光顕微鏡では繊維の束がよく観察できる。位相差分散顕微鏡は形態観察に向かない。欧米の研究者や分析機関は標準装備として日本製の偏光顕微鏡にマクローン社の100倍位相差対物レンズをつけるが、日本から400倍の位相差分散顕微鏡が出ても見向きもしない。位相差分散は100倍で分散色が確認できれば十分で400倍は不要だし、400倍では分散色はかならずしもきれいに出ないのである。JISがすぐれた方法ならば皆400倍の位相差分散顕微鏡を購入するはずだが、決してそうはならない。

JIS法による顕微鏡試料作成方法の次の問題点は分散色を示さない石綿があることである。上の写真左はクリソタイル標準試料つまりほとんど全部クリソタイルの試料を水分散してスライドグラスに滴下した試料を位相差顕微鏡で観ている。クリソタイルの繊維の集まりが観られる。右は左と同じ視野だが、1.550の浸液を滴下してカバーグラスをかけ、位相差分散で観察している。細い繊維で分散色を示さないものが多く観られる。これはクリソタイル繊維がガラス面に密着してしまい、繊維の下側に浸液が入っていない状態になり分散色を示さないものと思われる。分散染色法は浸液と対象の屈折率のわずかな差を利用しているから対象物が浸液に接触していない部分があると分散色がでないか、でにくいことは予想できる。改訂前のJISは試料と浸液をピンセットでよく混ぜてなじませるという工程があったのだが、改訂ではなくなり、日本作業環境測定協会の講習会でも「混ぜるな」と教えられる。これも石綿繊維の確認を困難にする要因である。
JIS法の顕微鏡分析についてまとめると、第1に粉砕によって繊維を破壊し、第2に極少量の試料しか分析できず、第3に位相差分散顕微鏡という繊維を探すには不利な顕微鏡を使用し、さらに試料の作製でも分散色を見えにくくする、4つの不利な条件で石綿繊維を観ようとしている。徹底した形態観察によりアスベストを同定しようとするISOに対して、JISは方法論の違う分析手法を中途半端に掛け合わせて、簡単に出る答えをわざわざ遠回りしているように思える。
現実的には、日本のほとんどの建材はJISでもISOでも問題なく分析可能ではある。しかし一部にJISでは分析が困難な試料がある。 これはJISとISOの乖離という問題ではなく、JIS法では十分に分析できないという問題なのである。
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