モンゴルでのポジティブ・セミナー
2007.12
新たな段階を迎えたモンゴルの労働組合による安全衛生環境活動
労働衛生コンサルタント 外山尚紀
【はじめに】
モンゴルの首都であるウランバートルは「赤い英雄」という、社会主義時代の名残を感じさせる意味である。かつての体制を象徴する色は今では街で燃やされる石炭の煙の影響で赤く染まる朝焼け夕焼けの色だ。朝夕街は美しい朱に染まるが、街の空気は極めて悪い。急激に増えて渋滞をおこす車の排気ガス、やはり急激に進んだ都市開発で建てられたビルは石炭や木炭を燃やして全館暑いほどに暖房を効かせている。街に隣接する巨大な発電所も石炭を燃やしている。様々な化学物質を含む煤じんは丘に囲まれた盆地の底に滞留している。劇的な経済成長の遺物はこれだけではなく、都市のスラム化、児童労働、遊牧民の貧困、環境破壊などモンゴル社会も日本と同様に様々な問題を抱えている。その中でモンゴルで唯一の労働組合のナショナルセンターであるCMTUは労働者の命と健康を守り環境を保護する取り組みを日本の国際労働財団(JILAF)の支援を受けて参加型安全衛生トレーニング「ポジティブ・プログラム」によって進めている。
CMTUのポジティブは導入から10年目を迎える。その10年はモンゴル社会の大きな変化と労働組合の改革と歩みを共にした10年でもある。CMTUは社会主義時代にはいわば官製の労働組合として官僚機構の一部であったのだが、労働者の命と権利を守る民主的な組織をめざして改革を進めてきた。2007年6月に市民運動のリーダーである新会長ガンバータルさんが就任したことは改革が仕上に入ったことを意味する。2007年発表されたCMTUの「5ヵ年計画」では労働安全衛生、インフォーマル(被雇用者ではない小零細事業主など)経済の改善、雇用創出、人材育成が重点課題として挙げられている。社会的労働組合運動を進めて組織拡大しよう、信頼をかち取ろう、という気合が感じられる。その改革の中でポジティブは労働者の命と健康を守るという労働組合にとって本質的な課題に容易に取り組むためのプログラムとしてCMTUに受け入れられ、進められてきた。
【ウランバートルでの全国会議】
ポジティブ導入からこれまでの9年間で地方と工場レベルでの具体的な改善をベースとした活動がモンゴル全土に広がっていったが、今後はこの成果を踏まえながらポジティブに限らず労働安全衛生全般についての体制つくりとネットワーク化が課題となる。今年度は今回の全国会議と4回の地方会議を経てCMTUの労働安全衛生方針と行動計画を策定し、まとめの全国会議で確認・発表することを目指した。8月に開催された全国会議はそのためのスタートであり、その後4回の地方会議を経て、今回が総括的な会議として労働安全衛生方針と行動計画を議論することが目的である。
12月19日朝、参加者と私たちはCMTUの「労働研究所」の一室の会議会場に参集した。開会式にはCMTU新会長に就任したガンバータルさんも参加してくれた。参加者は13県、3産別と1企業の代表の29名、うち女性が15名である。女性が過半数になるのは毎度のことだが、県や産別の委員長5名、副委員長1名が参加する気合の入った会議となった。800km遠方から2日かかってバスで参加してくれた参加者もいた。
会議の1日目の大部分を費やして参加者からその活動を報告してもらったのでいくつかを紹介する。
①ゴビ社の報告ではきれいに印刷したポスターを作製し、災害と職業病が減少したことをグラフで示してくれた。②ドルノド県では安全衛生活動が組合の組織化につながった。③ドルノゴビ県の鉱山では2年間の活動で災害がゼロになった。④バヤンホンゴル県では2006年には180改善提案中144が実施され、2007年には約半年で164提案中133が実施された。⑤サービス産業労働組合からはアクション・チェックリストが中小企業向けにとても使いやすいと高い評価を受けた報告があった。⑥健康労働組合という医療関係の労働組合ではポジティブに感染症対策を追加して実施している。⑦ウブルハンガイ県では企業、行政、組合がトレーニング費用を出し合ってセミナーを開催した。⑧いくつかの県では県の3者構成で協議してポジティブを開催している。⑨フフスブルグ県の中学校では生徒も入ってトレーニングを実施し、環境保護活動が地域全体ですすんでいる。等々。
発表された成果はひとつの「ものさし」では評価できない。改善の数、災害の減少など数値で現せる①、③、④のような結果が出てきていることは、説得力もあり重要だが、それ以外の例えば②は言うまでもなく重要であり、⑤はモンゴルで民間のサービス業労働者を組織するため奮闘している姿がうかがわれ、⑥は世界的な安全衛生上の関心事にアプローチしている。⑦と⑧は地方での企業と行政を巻き込みながら活動が進められていることを示し、⑨は地域社会の改善と活性化に役立っていることを示している。これらはポジティブが大企業、中小企業、地方のそれぞれの現場での独自で多様、そして自律的な活動の促進に役立っていることを物語っている。一部しか紹介できないが、17の発表の全てがすばらしく、圧倒された。
このような多様な成果を踏まえて、これからの行動計画と労働組合としての安全衛生方針を議論してもらった。ポジティブのこれまでの成果の上に積み上げること、労働組合の社会的な役割を果たすこと、そしてポジティブの成果で特徴的に現れた独自性や多様性を重視することを前置きとして話した。討論結果をまとめると、①予算確保など実施体制に関するもの、②中小企業での改善支援など改善活動に関わるもの、③教育宣伝と交流に関するもの、④労災補償に関するもの、⑤調査研究に関するもの、に分類された。全体として現場改善を軸にしながらバランスの良い取り組みをめざすことができそうだ。組合としての安全衛生方針は、「目的」と「方法」について議論してもらった。討論結果をもとにして決定してゆきたい。
【まとめ】
モンゴルでのポジティブの成果は、第一に大企業での成功が挙げられる。国を代表するカシミヤ製品工場では、ポジティブでの見学受け入れが安全衛生活動を開始する契機となり、その後10年間継続して労災の減少など確実に成果を上げている。他に発電所、飲料製造、食品製造工場などでも取り入れられており評価が高い。モンゴル政府はポジティブ・プログラムを積極的に評価し「労働安全衛生と職場環境改善のための国家計画」の中に位置付け、取り入れている。第二は地方での展開である。改善が多数実現しただけではなく、地方の政労使委員会などで安全衛生問題に共同で取り組みを始める、地域全体の環境保護活動に取り組むなどの多彩な独自の活動を開始している。
モンゴルでのポジティブの10年は中央・地方の組合リーダー、企業の労働組合の安全衛生担当者などのモンゴル社会と労働組合の変革の只中にいる多くの人々に受け入れられ、そしてそのような人々と地域の独自性を引き出しながら発展してきた。ナショナルセンターの置かれている状況、つまり組合の民主化の流れという内的な要素、急激な市場経済化とその反動への対抗という外的な要素もまたポジティブを推し進める要因となった。組合員の安全健康を守るだけではなく、市場経済化によって脅かされている人間性と環境の回復がモンゴルでのポジティブのテーマであるように思える。モンゴルでのポジティブは次の10年に向けた奮闘を始めている。






