モンゴルでの労働安全衛生セミナー
2007.7
モンゴルで新たな安全衛生の取り組みが始まる
労働衛生コンサルタント 外山尚紀
はじめに
モンゴルのナショナルセンター、CMTUと日本の労働組合による労働安全衛生をテーマとした国際協力が今年新たな段階を迎えた。国際労働財団がアジアの労働組合へ提供してきた参加型安全衛生トレーニング・プログラムである「ポジティブ・プログラム」が1998年の導入から9年を経て、基本トレーニングとトレーナー養成の基礎コースを終了した。今後はこの経験を生かしながらナショナルセンターとして包括的かつ計画的に労働安全衛生の向上をめざす。今年度は全国各地でワークショップを開催して、地方の労働者の意見を取り入れながら、ナショナルセンターとしての労働安全衛生方針と行動計画を作成する予定である。その第1回のワークショップに参加するために8月初めのウランバートルを訪ねた。
CMTUの改革
8月5日深夜に近い時刻にウランバートル国際空港に降りた。この時期は日没が午後9時頃だが、もう日の名残もない。空港には新しい国際局長のアマルサナさんが自家用車で迎えに来てくれた。「新しい」というのは、9年来国際局長としてポジティブを支えてきてくれたスフバートルさんがCMTUを辞し、モスクワへ去ってしまった事情による。国際局長でありながらポジティブでは窓口と通訳、国内でのコーディネイトからトレーナーまで勤めてもらい、モンゴルでのポジティブの発展は彼なしには考えられなかったし、組合リーダー特に地方リーダーたちの信頼も非常に大きかった。残念だという以上に、CMTUの将来を左右する出来事である。一方、アマルサナさんはこれまでスフバートルの補佐役で多少頼りない印象があったが、国際局長就任わずか2ヶ月でなんともいえない存在感が出てきた。英語もとてもうまくなっていた。石炭火力発電所の盛大に吐き出す煙に迎えられながら8月のウランバートルの街に入った。
翌日、CMTU本部を訪問。CMTUは現在組織人員約20万人、社会主義時代とは比べるべくもないが、この数年間だけでも組織人員は半減している。社会主義時代は遊牧民も含めて全ての労働者を組織していた強力な権力を持つ官僚機構だったが、現在は急速に進むグローバリズムのなかで労働者の命と権利を守る民主的な組織に変貌するため奮闘している。社会主義体制の崩壊が1990年代だから、ずいぶんと長い「奮闘」だが、いったん染み付いてしまった官僚主義から脱するためには時間がかかるようだ。この9年間でも大きな変化が見られた。9年前の導入時には、偉そうな、というよりも本当に偉い人たち(日本で言うなら地方労働局長のような人)がニコリともせずに厳しく並んでいて、「社会主義だなー」と感じたものだが、最近では地方や産別の委員長がトレーニングに参加した現場の労働者を励ましながら自らもグループワークに参加している。そのようなCMTUは今年6月、民主化運動と市民グループのリーダーだったガンバータル新会長が就任し、改革は仕上げに入っている。
全国会議開催
8月7日から始まった全国会議には全国から39人が参加。そのうち女性は21人で、県の委員長が5人も参加しているのには驚いた。モンゴルのポジティブは、現場の安全衛生責任者(女性が多い)と地方リーダー(こちらは男性がほとんど)によって支えられている。「常連」のモンゴルが世界に誇るカシミヤ工場「ゴビ社」のビャンバーさん、ウランバートルから車で2日間かかるバヤンホンゴル県のグルゼット委員長も参加してくれた。
これまでの9年間でPOSITIVEという「草の根」の地方と工場レベルでの具体的な改善をベースとした活動がCMTUによりモンゴル全土に広がっていったが、今後はこの成果を踏まえながらPOSITIVEに限らず労働安全衛生全般についての体制つくりとネットワーク化が課題となる。今年度は今回の全国会議と4回の地方会議を経てCMTUの労働安全衛生方針と行動計画を策定し、まとめの全国会議で確認・発表することを目指す。今回の全国会議はそのためのスタートであり、今年度の一連の活動内容を地方代表も含めて全体化し、開始するための会議である。組合として安全衛生方針と行動計画を決定するための第1歩でもある。そのために留意した点は、これまでのPOSITIVEをレヴューし、その成果を把握することが必要となるので2日目午後をそのために充てた。また、地方からの参加にとって首都ウランバートルの工場を見学するチャンスは少ないので良好事例を水平展開する機会となることを期待して2回の工場見学とチェックリスト実習を予定した。また、モンゴル国内の安全衛生の状況を全体的に把握するために、行政担当者、経営者団体、労働基準監督官へ講義を依頼した。
参加者は偉い人が多いので他の仕事で抜け出たりしていたが、とても真剣だった。メモを取りながら参加しているのがモンゴルの特徴で、他の国ではあまり見られない。グループ討論ではもちろんだが、行政担当者、経営者団体、労働基準監督官のレクチャーでも一生懸命という感じで質疑応答に望んでいた。同行した国際労働財団の渡邉ひな子さんも「日本の労使関係と雇用安定」と題する日本の非正規雇用の現状を衝いた秀逸な発表を示し、質疑で盛り上がった。各地、各現場の報告も写真をたくさん使用して、一部はプロジェクターと発表用ソフトウエアを活用して分かりやすい報告だった。昨年12月の会議の参加者も数人参加していたが、彼らはその後の改善活動の報告をしてくれた。まさに現在進行形で活動が進展しているのを見る思いだった。
工場見学ではチャレンジングなことだが、これから組織化をしようとしている大手カシミヤ工場を訪問した。ポジティブの活動実績はないが、CMTUが安全衛生活動に力を入れてユニークな運動を進めていることはアピールできたと思う。残念ながら、もう一社予定してた家具工場は私もなじみのある工場なのだが、当日になって見学をキャンセルされてしまった。モンゴルでは労働組合の力は未だ強いのでこれまでにこうしたことはなかったが、近年経営者が力をつけてきたことを思わせるエピソードだった。
3日目、会議の締めくくりとしてCMTUとしてのOSH方針とアクションプランつくりのワークショップを行った。各グループの討論結果は、1)安全衛生法など国レベルの政策への関与に関するもの、2)労災補償制度の拡充と改善に関するもの。3)研究所設立など設備に関するもの、4)データベースなど情報発信の充実に関するもの、5)教育トレーニングに関するもの、など多岐にわたる領域でのアクションプランが提案された。このグループ討論を通じて、参加者は安全衛生のより広い領域での理解を深め、共有できた。
今後の課題
CMTUは今後地方での同様のセミナーを開催し、その結果からCMTUとしての安全衛生方針とアクションプランを決定する予定である。安全衛生方針は組合としての理念を大枠で説明しているようなもの、アクションプランは実施期限を決めて具体的にすることが重要である。他の労働組合や企業、政府の安全衛生方針などを参考にしながらも、CMTUのこれまでの経験と成果に根ざした独自性のある方針を作成することを目指して協力してゆきたい。
6月に就任したガンバータル新会長の元、組織体制の改変を進めている。今回は新会長と話し合う機会は得られなかったが、会議の閉会式と懇親会でのあいさつでは、安全衛生を重要な課題と考えており、POSITIVEについてもよく理解しているようだった。CMTU内の雰囲気も、全体で改革を支持し推進してゆこうとしていることが感じられた。安全衛生方針を打ち出し、新体制で進めてゆくためにはまさに好機といえる。今年度はぜひこれに集中して安全衛生方針とアクションプランを策定し、CMTUの安全衛生活動に弾みをつけていくことを期待したい。






