モンゴルの遊牧民
ある夏の日、遊牧民のゲルを訪ねた。羊と山羊の乳搾りを見せてくれたが、これがたいへんな作業だ。まず一家総出で、こなたかなたにいる羊と山羊の群れを集めてくることから始まる。そうして200頭もいる羊、山羊をロープに数珠つなぎにする。彼らはたいへんおとなしいので、首をぐるりと一重にするともう逃げない。小さい孫たちも手伝い、交互につながれた200頭もの羊、山羊は壮観だ。お母さんはただ一人でひたすら彼らの乳を搾る。重労働なのだが、この時季は豊かな青々した草原で羊も山羊も肥えて、お母さんはじめ一家は陽気で笑みが絶えない。電気も水道もない広大無辺な大地を羊たちと移動する遊牧の民のこの幸福な光景は千年来変わらない。
モンゴル人は草原の遊牧民と言われる。これは、例えば日本人が農耕の民と称されるのとは多少意味が違う。モンゴル人は今でも遊牧民なのだ。都市でしか生活したことのない人も、やたらと草原に行きたがる。夏には草原から町の職場に通う。機会があれば、なくても無理に作って親戚や知人のゲルを訪ねる。訪ねて何をするわけでもなく、馬乳酒を振舞われて、ただ草原をゆく風の音、ゲルを叩く雨音、馬のいななく声を聞きながら機嫌よくしている。
古代中国、草原の移動する民を恐れた秦の皇帝は万里の長城を築くが、これは侵略を恐れたのではなく、帝国の民が草原に引き寄せられ草原に消えてしまうのを恐れた、というのは私見である。


















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