作業環境測定機関 労働安全衛生コンサルタント事務所 専門家による石綿分析

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災害時の石綿対策

  
1.はじめに
 石綿(アスベスト)は現実の大きな被害を発生させている強力な発がん物質である。年間1,500人以上が石綿が原因とされる中皮腫で死亡しており(2015年)、1,000人以上が石綿関連疾患で労災認定を受けている。このような物質は比類がない。また、これまでに約1,000万トン輸入された石綿は大部分が建材として利用されたために、未だに大量に残されている。私たちは発がん物質に囲まれて生活している。日本は地震国であり、これまでに多くの大地震が発生している。震災自体による直接的な人的物的被害だけではなく、大量に使用されている石綿含有建材が破損することによる石綿飛散も重大な問題となる。1995年(平成7年)1月17日に発生した阪神・淡路大震災では、倒壊した建物やがれきの解体や撤去などに2か月間携わった作業員が労災認定を受けるなど、少なくとも5人が石綿が原因とされる中皮腫を発症しており、震災後の復旧作業で石綿にばく露(吸い込んだ)された可能性が高い。当時は吹付け石綿の除去時の規制が始まったばかりで、これらの飛散しやすくリスクが高い建材の対策さえ十分に行われなかったことが原因と考えられる。
 2011年(平成23年)3月11日に発生した東日本大震災では、東日本大震災は地震自体の大きさもさることながらその後発生した津波により前代未聞の被害をもたらした。震災による大津波は有史以来たびたび発生し大きな被害をもたらしてきたが、20世紀後半に大量に使用され、身近に残された石綿含有建材がここまで大規模に被災した状況は歴史的に例がない。東日本大震災では震災と津波という自然災害の被害にとどまらず、産業社会の中に潜んでいたリスク要因が思わぬかたちで顕在化する新たなリスクを発生させた。福島第一原子力発電所の事故はその典型的な事例だが、石綿などの様々な有害物を含む建物、車両、構造物などの災害廃棄物が新たなリスクの原因となり、復興の大きな障害となった。その処理には宮城県、岩手県では3年を要した。石綿は19世紀から様々な産業で利用されており、発がんリスクそれ自体はこれまでの研究により多くの部分が解明されている。しかし、そのリスクは地震、津波と複合することにより、新たなリスクを発生させ、新たな手法によるリスク管理が求められていると見ることができる。東日本大震災後の石綿対策は、吹付け材などのリスクが高い建材については把握をし、飛散防止対策を採りながら除去しようとしたが、調査ミスや漏洩事故が多発した。成形板については多くの場合対策が採られずに破砕などの方法で除去されてしまった。
 そして2016年(平成28年)4月14日、熊本地震が発生した。

2.熊本地震発生
(1)予備調査
 予備調査には東京労働安全衛生センター他、ASA の副代表理事、中皮腫・じん肺・アスベストセンター、熊本学園大学からも参加し、市の中心部および益城町、西原村を訪ね、防じんマスクを配布しながら建物を調査した。市街地は地震による被害を受けた建物が多くみられるものの、倒壊建物は少なく、コンビニなどの店舗も一部は営業していた。市街地の調査は2日間実施し、露出した石綿含有のおそれのある吹付けロックウールのある建物17棟を特定した。これらの中から許可を得て試料を採取したもののうち、1棟から石綿が検出された。
 4月28日は震災で最も被害の大きかった益城町を訪ね、町の中心部を調査した。建物の被害は甚大で、倒壊した建物が多くみられ、吹付け材のある建物も2棟確認されたが、いずれも石綿の含有はなかった。避難所となっている小学校では、昼間は避難所で過ごし、夜間には余震を恐れて車中で宿泊する人が多くみられた。益城町のボランティアセンターには簡易式の防じんマスクを2500枚届けた。また西原町には1000枚の簡易式の防じんマスクを届けた。
 調査を終えて、熊本県の環境保全課と熊本市の環境政策課を訪問し、活動の趣旨を説明し、調査の概要を伝えた。県と市ではアスベストの調査をすでに開始しており、ASAの協力も歓迎とのことだった。今回の調査を踏まえて、現状での重要事項として①露出した吹付け材等からの飛散防止のための調査、②今後公費解体される建物の事前調査の徹底の2点を指摘し、熊本県および熊本市と協力して対策を進めることを確認した。
(2)建物調査
 予備調査の結果を踏まえ、建築物石綿含有建材調査者協会(ASA)関係者及び有志を募って延べ39名の調査者が5月現地入りした。熊本県、市の調査に同行する専門家として調査者を5チームに分け、それぞれに自治体職員1名が先導する形で298棟の建築物の調査を実施した。建築物の特定は自治体が危険度判定の結果、鉄骨造の届出された建築物などの試料を参考としている。現場調査チームは最初の建築物で調査方法と判定基準を確認した後に、共通の記録簿の記録を取りながら露出した建材の有無、レベル1~3建材の使用状況などを確認した。レベル1建材の使用が確認された場合は分析用の試料を採取した。現場調査チームとは別に分析機材として偏光顕微鏡等を搭載した車両が2チーム現地し、現場で採取した試料はこの分析チームの元に集められ、すぐにその場で石綿の有無を判断した。
 調査した結果は建築物毎の個別の調査票を作成。これとは別に調査チーム毎に調査建築物の一覧表及びマップを提出した。この中にはレベル1建材、レベル2建材の使用の有無、露出の有無と、レベル1建材については石綿含有の有無を記載した。この内容から石綿含有の確認された建材が露出した状態にある場所が特定できる。
 調査した結果、石綿含有建材が露出した状態にある建築物は1件確認された。この建築物は小学校の通学路に面していることもあり、報告を受けた自治体は迅速に除去会社への除去対応を依頼された。この除去工事ではASAは熊本市から委託を受けてメンバーがアドバイザーとして参画し、7月には無事工事を終了した。
 初動の調査としてはこれまでにない迅速な対応ができ、石綿飛散の防止に寄与することができた。また震災後の解体工事における事前調査については、環境省から建築物石綿含有建材調査者等の調査を徹底するように通知が出され、公費解体での石綿調査と対策がすすめられた。この活動からASAは環境省から感謝状を贈られた。
 1月には市内3ヶ所の廃棄物の仮置き場を巡視した。仮置き場内は整然としており、良く管理されている印象を受けた。アスベスト含有建材も表示されて分別されている。しかしフレコンバッグには細かく破砕された状態でアスベスト含有建材が入れられている状況がみられた。一部は袋にも入れられずに露出していた。解体現場で破砕されて持ち込まれていると考えられる。細かく破砕することによってフレコンバッグに入る量が増えることが理由と思われる。厚生労働省は2015年11月、アスベスト含有建材は破砕せずに大きなフレコンバッグに入れるように通達を出していますが、それが守られていない状況が確認された。この状況は1月27日、厚生労働省化学物質対策課を訪ねて報告し、善処を要望し、2月8日に仮置き場での適切な取り扱いを求める事務連絡が出された。
 熊本地震後のアスベスト対策は、地元自治体の好対応によって、初動の調査が迅速に実施できたといえる。今後は、改めて震災に備える石綿含有建材の台帳整備などが重要で、予め吹付け石綿と石綿含有吹付けロックウールが把握されていれば、更に迅速な対応が可能となり、石綿ばく露のリスクを減らすことができる。震災後の解体工事での石綿対策も行政が主導して現状で可能な限りで的確に実施されている。全ての現場を巡視している熊本県、熊本市の努力は評価すべきで、そのために破砕などの問題事例が少ないこともわかった。しかし、実際には仮置き場で確認されたように、石綿含有成形板が破砕されていた。この現状を調査した上でレベル3建材の法規制を見直すことを検討すべきだろう。
 
3.まとめ
 石綿は大量に建材等に利用されたためにすでに石綿を禁止した国であっても既存建築物の石綿対策を長期にわたって実施しなければならない。日本は地震が多発しているために他の国と状況が異なる。身の回りの石綿含有建材が震災等によって破壊されることを考慮しなければならない。そのためには第一に、精度の高い石綿含有建材の調査をもとにした石綿含有建材台帳を整備することが必要である。国土交通省では台帳整備を進めているが、自治体に委託されており義務ではなく、調査の精度も規定がない。次に震災発生後に石綿含有建材の状況を調査し、リスクの高い建物を特定するための体制をつくること。第三に、災害を待たずに石綿含有建材の計画的除去を推進することが必要である。EUとオーストラリアでは年限を決めて石綿ゼロ社会を実現することが決議されている。地震国日本では石綿除去の推進は他国よりも意義のある重要な取り組みである。
 
 


Photo1:東日本大震災で被災した石綿含有波板スレートの建物




Photo2:熊本地震後の建物調査の様子


 

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