作業環境測定機関 労働安全衛生コンサルタント事務所 専門家による石綿分析

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石綿分析の現状と課題(1) 石綿の定義をめぐる課題

1.はじめに
 2016年、建材中石綿分析方法JIS A 1481が2つの定性分析法と2つの定量分析法として発効しました。2つの定性分析法は石綿の形態的な定義(asbestiformとアスペクト比3:1以上)と分析方法が異なるために、分析結果に相違が生じるおそれがあり、国際標準との乖離が指摘されています。このコーナーではこの問題の背景および諸外国と国際機関における石綿の定義の調査結果を報告します。
 下の写真は、鉱物種は同じトレモライトですが、形態が異なります。Aはへき開(Clivage) 粒子でBは石綿様形態(Asbestiform)で、全く形が異なることがわかります。JIS A 1481のパート1ではBのみが石綿となり、パート2では両方とも石綿となります。国際的にはBのみが石綿とされています。

 
2.背景
 1958年に英国の石綿肺研究協議会(Asbestosis Research Council)で、気中石綿濃度を測定する際の計数上のルールとして、「AS比3以上、長さ5μm以上」が提案されました。Holmes は当時を回顧して「AS比3:1 以上は適当に(arbitrarily)決めた」としています。これは計数上のルールであって石綿の定義ではありませnが、米国等では1970年代まで石綿の定義として通用しました。1970年代末頃から鉱物学者によって、石綿はasbestiformという独特な繊維構造を持つことが主張されるようになります。
 (Holmes S. Developments in Dust Sampling and Counting Techniques in the Asbestos Industry. The annals of the New York academy of sciences1965; 132: 288-297.)
 
例えばワイリーは…
 … microscopists rely heavily, and sometimes exclusively, on morphologic features. However, the choice of a 3:1 aspect ratio as the definition of a fiber is an unfortunate one. Many minerals, including the amphiboles, pyroxenes, and alumino silicates, such as sillimanite, readily cleave into fragments with this aspect ratio. …
… 顕微鏡技術者は形態的特徴に非常に、あるときはそれのみに依存している。しかし、繊維の定義としてアスペクト比3:1を選択することは不幸なことである。珪線石のような角閃石、輝石とアルミノケイ酸塩鉱物を含む多くの鉱物は容易にこのアスペクト比の破片にへき開する。…
(Wylie AG. Fiber length and aspect ratio of some selected asbestos samples. 1979.)
 
またゾルタイは…
 
 … it is most unfortunate, however, that health scientists and regulatory agencies have adopted the commercial definition of asbestos rather than the mineralogical one. Consequently, all particles of the five known commercial asbestos minerals are considered to be asbestos, provided that they have elongated shapes (with an aspect ratio of 3 to 1 or greater), regardless of their asbestiform crystallization. Due to this misconception, asbestifrom fibers of other minerals are neglected, and their potential carcinogenic properties have not been investigated. …
 
… 健康に関連する科学者と規制当局が鉱物学的な定義ではなく、商業的な定義を採用したことは、最も不幸であった。その結果、知られている5種類の商業利用されたアスベスト鉱物の粒子は、細長い形(アスペクト比3:1以上)をしていれば、石綿様形態の結晶構造は考慮されずにアスベストとみなされた。この誤解によって、他の鉱物種の石綿様形態をした繊維は無視され、その発がんの可能性は調査されなかった。…
Zoltai T. Amphibole asbestos mineralogy. Reviews in mineralogy and geochemistry 1981)
 
その後…
 1982年、EPA(米国環境保護庁)が初めて公表した建材中の石綿分析方法ではasbestiformが明示されており、1984年には米国での新たな石綿規制のための公聴会で規制すべきはasbestiformとの合意がなされました。この合意に基づき、1987年米国では連邦規制の建材と気中の石綿の定義でasbestiformが採用されました。
 
その結果、米国連邦規制上の石綿の定義は…
A.石綿―破砕や加工により容易に長く細く柔軟で強い繊維に分離する石綿様形態(asbestiform)へ結晶化した蛇紋石と角閃石に属する 特定のけい酸塩鉱物をさす鉱物学的総称。クリソタイル,クロシドライト,石綿様形態のグリュネライト(アモサイト),アンソフィライト石綿,トレモライト石綿,アクチノライト石綿を含む。
B.石綿繊維―石綿様形態を呈する鉱物繊維の集団で光学顕微鏡観察により以下の特徴をもつ。
アスペクト比20:1か ら100:1以上の粒子(長さ5μm超)
2.通常0.5μm 未満の非常に細い繊維
3.次の特徴の2つ以上をもつもの
 (a)束をなす平行な繊維
 (b)先端が広がった繊維
 (c)単繊維がもつれた固まり
 (d)曲率をもつ繊維
"Post-Hearing Comments in the Matter of Proposed Revisions to the Asbestos standard,"Code of Federal Regulations Title29.1984)
 
こうして、米国では石綿の定義は石綿様形態(Asbestiform)の形態的特徴をもつものとなっていきました。下図はワイリーが引用した石綿様形態(Asbestiform)とへき開(Clivage) 粒子の違いを示したものです。

3.発がん性の検討
 それでも石綿様形態(Asbestiform)をもたないへき開(Clivage)粒子は発がん性がないのか?という問題が残ります。米国でおきた象徴的かつ重要な2つの事件の概要を次に示します。
 
 一つはニューヨーク州のタルク鉱山の事例です。この鉱山で産出するタルクは角閃石のトレモライトを不純物として含有しており、労働者の中に石綿関連疾患が疑われる患者が発生したため政府機関などによる大規模な疫学調査、健康影響調査が行われた。結果的にトレモライト曝露と発がんとの相関は不明瞭で、おそらくはこの鉱山のトレモライトへの曝露と発がんとの関連はないか少ないとされています。もう一つはモンタナ州リビー鉱山のバーミキュライトに含まれる角閃石の問題です。こちらもやはり官民による様々な調査が組織された。判明した事実はバーミキュライトにはトレモライトに近いが別種のウインチャイトおよびリヒテライトという角閃石が含まれており、疫学調査ではこれらの曝露による労働者と住民の石綿関連疾患の発生が確認されています。
 
 これら2つの角閃石は異なる形態を持っていました。ニューヨークのタルクに含まれていた角閃石は、鉱物種はトレモライトだが石綿様形態のもの(トレモライト石綿)は稀でした。リビー産バーミキュライトに含有されている角閃石は厳密には従来の6種類の石綿ではない鉱物種だが石綿様形態を呈していました。現実の被害を出したのは後者でした。これらの事件は石綿の発がん性を決定するのは形態が重要であることが改めて認識され、そのポイントはアスペクト比3:1以上か否かではなく、石綿様形態か否かであること、そして従来の石綿以外でも石綿様形態を持つ鉱物は発がん性を持ちうることを物語っています。この問題には実際の健康被害とその補償問題が関連しており被災者、鉱山産業、管理当局の利害が関係していることにも注意が必要です。いずれにしても石綿の定義をめぐる問題は発がんリスク、分析方法、予防と補償に関わる石綿問題の核心の一つです。少なくとも形態と発がん性が関連していることは明白で、Asbestiformと発がん性との関連が強いことも明らかです。
(Honda Y, Beall C, Delzell E, Oestenstad K, Brill I, Matthews R. Mortality among workers at a talc mining and milling facility. The annals of occupational hygiene2002 46:575-585
Patricia A. Sullivan. Vermiculite, respiratory Diseases, and Asbestos Exposure in Libby, Montana: Update of a Cohort Mortality Study 2007; 115: 579-585.)
 
4.課題
 8カ国と3つの国際機関の石綿の定義をTableに示します。石綿自体の定義としてAS比3:1以上を採用している国や国際機関は確認されませんでした。日本の現状は1980年代の米国と類似しており、世界がすでに通過した道であるように思えます。歴史的な経緯と科学的な合理性を踏まえて、早急に石綿の定義と分析方法を見直すことが必要です
 
 


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   「石綿の定義をめぐる問題の背景、現状、課題」

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